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秋の小諸 2009 [日本の町散歩(中部)]

 小諸なる古城のほとり
 雲白く遊子悲しむ  ・・・・

言うまでもなく、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」の冒頭である。
恥ずかしながら、私が知っているのはこの一節にすぎないが、それだけでも、まだ見ぬ小諸という街への旅ごころを掻き立てるには十分である。
小諸、こもろ、・・なんと優しく、愛らしい響きの街だろうか。
北国街道の宿場町であり、小諸藩の拠点でもあった街。
若き島崎藤村が、初めての家庭を持ち、生涯で最も幸せな時期を生きた街。
いまでも古城が残り、眼下に千曲川を見下ろす、静かな高原の街。

かつて信越本線が通り、東京からの多くの特急列車が停車した小諸も、
いまはローカル電車が時折やってくるだけ。小諸はずいぶん静かになったという。

藤村の「千曲川のスケッチ」を手に、そのローカル電車で小諸を訪ねよう。

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懐古園の画家


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扶餘 2008 [アジアの町紀行]

歴史のはるかなる百済国、その都が置かれた地が扶餘(扶余)である。
私は、そこにゆきたいと、ずっと思っていた。

私の生まれ育った関西は、この百済王国との関係が深い。
大阪市や堺市にはいまも「百済」を名乗る土地がいくつかあり、
小さいころ、住んでいた家の近くを流れる汚れた川も「百済川」といった。
奈良県にも百済にちなんだ寺や村があるそうだ。
百済と大和とは、人物の行き来が盛んだったようである。

660年、百済王国は唐と新羅の連合軍により滅ぼされた。
百済滅亡のあと、多くの百済人が日本に落ち延び、現在の大阪や堺に定住したそうだ。
だから、百済は、私にとっても、ひょっとしたら、遠い故郷かもしれないのだ。

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宮南池(クンナムジ)の朝

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