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ソウル 2008 [アジアの町紀行]

 仕事で中国に携わるようになって早や5年。その間、アジアの中の、ひいては世界の中の日本、中国ということを、いやおうなく考えさせられることにもなった。そして、韓国という国の存在を、当然といえば当然だが、知らないでは済まされない、と思うようになった。
 世界の中で、日に日に影を薄くしてゆく日本。その一方、経済面でも文化面でも、堅調に影響力を増しているのが韓国である。中国でも、日本より韓国のほうが人々に明らかに人気があるし、当の日本でも「韓流」はすでにブームではなく、現代の日本のメディアを支える主要なジャンルとして定着した観がある。
 悔しいではないか。私は15年も前、高校の修学旅行で韓国を訪れた。そのとき、韓国の婦人達が嬉々として私達日本の男子高校生にボディタッチしに来たのを覚えている。いまや逆だ。日本のご婦人がたが、憬れの韓流スター達を拝もうと、喜び勇んで韓国に向かう。
 そんな韓国の魅力というのは何なのか? その原動力となっているものは何か? 日本はもう、韓国に勝てないのか? 
 まあ、そんなこともありながら、いつしかずっと近くなった、お隣の国をとにかく見てきたかった2008年の秋。たった二日ではあるが、私はソウルの街を歩いてみた。

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三清洞の街角にて

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早春の安曇野 2009 [日本の町散歩(中部)]

東京に越してから、人生で二代目となるバイクを購入した。ワインレッドのゼファー1100。初のリッターバイクである。冬の間、遠出もせず都内をちょこまかと転がしてはいたものの、せっかくの大型なのに・・とストレスが溜まる一方。そんなこんなで、暦だけは春となった3月初め、待ちきれない思いでゼファー初の遠出を決行した。
目的地に決めたのは、北アルプスを望む安曇野の地。初めての旅先である。
都内でもまだまだ肌寒い時期に、深夜中央道を飛ばすのは思った以上に過酷であった。諏訪SAで温度計を見ると氷点下一度。走行中の体感温度は一体何度になるのだろうか。鼻水は凍りつき、手足の感覚は麻痺し、意識がもうろうとなる。必死の思いで到着した宿では、ぶるぶる震えながら、一時間も風呂に浸かっていた。

・・・翌朝、部屋のカーテンを開けると快晴の空。まだ雪を頂いた北アルプスの峰々は美しかった。眠気は飛び、背筋が伸びる。おもむろに窓を開け、どこからともなく聞こえる清冽なせせらぎの音を耳にした時、ここまで飛ばしてきた甲斐があったと思った。

所詮はバイクに跨ったまま、駆け足で巡った安曇野。王道の観光地ばかりで大した写真はないが、ひとまず掲載してみようと思う。

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大王わさび農場

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奥吉野(西吉野~洞川・天川~十津川)2006 [日本の町散歩(近畿)]

京都北山、丹波方面の山々に女性の面影を見るなら、この紀伊の山々はまさに父性の山である。
どこまでも続いてゆくたおやかな山容を見ていると、物言わず何事にも動じない、悠久の風を感じる。

その向こう側には、今や名高い観光の地となった熊野古道が通じているが、今回は手前側、奈良県内南部をツーリングのルートに選んだ。
奈良盆地の南端となる五條から西吉野村を通り、天川村へ。
その後一度高野山へ抜け、その後龍神から国道425号を使って十津川村へとルートを辿った。

バイク旅での撮影であり、自分の足で山々を歩いたわけではないが、
少しでも紀伊の偉容がとらえられていれば幸いである。

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十津川郷にて

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高野山 2006-2007 [日本の町散歩(近畿)]

高野山は、言うまでもなく地上1000メートルの山岳に、弘法大師空海が開いた真言密教の聖地であり道場である。仏教の聖地というと何やら静謐な閉ざされた空間をイメージしがちだが、実際に高野山を訪ねてみると、その町の大きさに驚かされる。

寺院の数は117にもおよび、街には商店、カフェはもちろん、大学まである。高層ビルまではさすがにないが、山深い地にこのような宗教都市が出現するのは実に面白い。実は高野山という名前の山はなく、ここは地形上は紀伊山地の峰々に囲まれてできた小さな盆地。8つの峰々に囲まれていることから、『蓮の花が開いたような』と形容され、仏教上の聖地としてはこれ以上ない地形といえる。平安時代の昔に、そこまで調べぬいてこの地を選んだ空海の慧眼には恐れ入るばかりである。

そんな高野山も、私のように関西で生まれ育った人間には馴染み深い地。多くの方に、小さい頃、夏の合宿とか、林間学校という名のもと、ここに預けられた記憶があるのではないか。親元を離れ、宿坊で座禅を組み、早朝には奥の院をジョギングし。。
小学生だった当時の私にも、その街を包み込む独特の山の冷気(霊気)は、どこか深閑として、心身をしゃんとさせられたものである。

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朝の高野山の町

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