So-net無料ブログ作成

流山 2013 [日本の町散歩(関東)]

千葉県流山市は、現在ではつくばエクスプレス線の「流山おおたかの森」駅を中心に新たな宅地開発が進み、住宅都市というイメージが強い。流山市役所のホームページを見ても、「都心から一番近い森の町」という謳い文句が一番に掲げられ、自然が多く残された住環境であるとアピールしている。コンピュータ制御のハイテク電車に乗って実際に「流山おおたかの森」駅に降り立つと、駅前には真新しい大きなショッピングセンターやよく整備されたロータリー等があって、街づくりもたけなわといったところ。

だが、本来の流山の町は、そんな今をときめく「流山おおたかの森」駅から3キロ以上離れた江戸川のほとりに、ひっそりとあった。江戸時代から江戸川の舟運における主要な集散地となり、そしてみりんや日本酒などの名産地としても全国に聞こえた流山。商家や蔵が並んだその古い流山の町が、今は当の流山市民からも顧みられることなく、辛うじて息づいている。
そして、そこには大正時代、豊かだった流山の町民達がお金を出し合って敷いた、小さな地元電車がいまも現役で走っていた。

本当は東京から一番近い、むかし町。それが流山なのである。

FWnagareyamaRG065(1).jpg


流山の町には、流山の町民達の手によって敷かれ、今も運営されているミニ私鉄、流山線(流鉄)に揺られていきたい。
常磐線の馬橋駅から5.7km、全線単線の路線を揺られること12分で流山の駅に到着する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

FWnagareyamaRG002(1).jpg

流山駅。
昼間は20分に一本というのんびり駅で、東京近郊とは思えない雰囲気。
ICカード非対応であるばかりか、自動改札さえない。
電車が到着すると、改札口に立つ駅員が声をかけながら迎えてくれる、昔ながらの駅である


FWnagareyamaRG047(1).jpg

流山駅付近の喫茶店。


FWnagareyamaRG048(1).jpg


FWnagareyamaRG050(1).jpg

駅付近。一見何の変哲もない町並みだが、
どことなくかつて栄えた町の匂いがする。


FWnagareyamaRG049(1).jpg


FWnagareyamaRG051(1).jpg


FWnagareyamaRG052(2).jpg

三叉路となっている流山一丁目交差点がかつての町の中心か。
ここから北側へ向かう道には「広小路」の看板が。
何気ない自動車道路にも、街道筋の面影が残る。


FWnagareyamaRG053(2).jpg

流山一丁目交差点から南へ、江戸川沿いに続く道には
いまも旧家がところどころに旧家が残り、繁栄のころをわずかに偲ぶことができる。
写真中央の古い商家は呉服の「新川屋」。いまも現役の店舗なのだ。


FWR0011483(1).jpg


FWnagareyamaRG057(1).jpg

新川屋から少し南に歩くと、古い商家を活用したイタリアンレストラン「丁字屋」が。
もとは足袋屋だった建物を有効に利用している。


FWnagareyamaRG006(1).jpg



FWnagareyamaRG065(1).jpg

「丁字屋」からさらに少し南に歩くと、和菓子の「清水屋」がある。
地元特産のみりんを使った和菓子など、現在も新たなお土産品を作り続けている。


FWnagareyamaRG064(1).jpg

「清水屋」の向かいにある旧「寺田屋茶舗」の蔵造りの建物は
現在「見世蔵(みせぐら)」としてギャラリー、休憩所として開放されている。


FWnagareyamaRG061(1).jpg

すぐ向こうは江戸川の土手。菜の花が美しい。


FWnagareyamaRG060(1).jpg


FWnagareyamaRG058(1).jpg

表通りから一歩入ると、抜け道がたくさん。
常与寺あたりにて。


FWnagareyamaRG066(1).jpg


FWnagareyamaRG067(1).jpg


FWnagareyamaRG068(1).jpg

左はキッコーマン(マンジョウ)のみりん工場。


流山は、今も昔もみりんの産地。江戸川べりに河岸ができ、舟運の便利からここ流山は物資の集散地となって古くから栄えたが、とくに江戸時代中期からは醸造業が栄え、地元産の良質な米を使った「みりん(白みりん)」の醸造地として、江戸の町はおろか全国に知れる存在となった。とくに堀切家、秋元家の両家はお互いにライバルとしてこの地でしのぎをけずり、前者は「万上みりん」、後者は「天晴みりん」のブランドで知られた。「万上みりん」の工場は今も流山にあり、「マンジョウ」のブランドで伝統的な味と製法を守りつつ日本全国に出荷している。

FWnagareyamaRG074(1).jpg


FWnagareyamaRG076(1).jpg

一茶双樹記念館の前にて。ここは「天晴みりん」の秋元家の一部を開放したもの。
豪商となった秋元家は小林一茶の友人でありスポンサーでもあった。


FWnagareyamaRG078(1).jpg

秋元家の周辺はひときわ趣きのある文化的な雰囲気を醸している。


FWnagareyamaRG077(1).jpg

秋元家の「天晴みりん」は隆盛を誇ったが、のち事業をメルシャンに売却。
メルシャンのみりん工場はその歴史を継ぐものだったが、2007年に廃業し、
いまは、どこにでもある家電量販店が跡地に建っている。


FWnagareyamaRG080(1).jpg

光明院の門。赤城神社のすぐ隣にある。


FWnagareyamaRG083(1).jpg


FWnagareyamaRG084(1).jpg

江戸川のほとりにこんもりと存在する赤城神社。
古くからの流山の守り神であり、町名の由来でもある。
群馬県の赤城神社のご神体である山塊の一部が、洪水でここに流されてきたのだという。 この巨大なしめ縄は、町民が4班に分かれ分担してつくるもので、
秋祭りの前に毎年掛け替えられるという。


FWnagareyamaRG086(1).jpg


FWnagareyamaRG085(1).jpg

赤城神社をめぐる、散歩道。


FWnagareyamaRG070(1).jpg


FWnagareyamaRG088(1).jpg



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◎流鉄(りゅうてつ)流山線と、流山駅のこと◎
誇り高き商業の町であったかつての流山を象徴するもののひとつが、コトコト走る流山線の電車そのものであろう。
大正二年に開業したこのたった5駅しかない小さな鉄道は、商工業で豊かになった116人の町民がお金を出し合ってできた鉄道。経営も商店主たちが共同で行い、「町民鉄道」と呼ばれた。
いまも地元では「りゅうてつ」の名で親しまれている。

FWR0011457(1).jpg


FWnagareyamaRG014(1).jpg

流山駅では、電車の発車時刻前に駅員が玄関口に出て
乗り遅れそうな人がいないかわざわざ確認する光景がみられる。
まさに町民鉄道ならではの、何十年も続く光景だという。


FWR0011462(1).jpg

ホームから改札口の外を見る。
自動改札機はなく、電車到着時には駅員が立って出迎えてくれる。


FWR0011449(1).jpg

駅の中に名産の「マンジョウみりん」が展示されている。


FWnagareyamaRG045(1).jpg


FWnagareyamaRG015(1).jpg

流山駅ホームにて。


FWnagareyamaRG046(1).jpg

上から見た流山駅。奥に車庫がある。
流山線の電車は、たった5編成のみ。それぞれ色が違い愛称がある。


FWnagareyamaRG044(1).jpg


FWR0011496(1).jpg


FWnagareyamaRG009(2).jpg


FWnagareyamaRG030(1).jpg


FWnagareyamaRG035(2).jpg


FWnagareyamaRG089(1).jpg


FWnagareyamaRG027(1).jpg



◎TX(つくばエクスプレス) 流山おおたかの森駅
新しい流山の玄関駅となった流山おおたかの森駅。真新しい駅に隣接して、大きなショッピングセンターもある。しかし、元は森のただなかだった場所。まだまだ区画整理が進まず、駅のデッキを下りたところに古びた昔ながらの工場が現役で残っていたりもする。
だが、森はもうない。この地域周辺の宅地開発によって、駅名の由来となったオオタカの来る豊かな森(市野谷の森)は、無残にも8割以上が伐採され、失われてしまったということである。そのことには、誰も触れない。

FWR0026005(1).jpg


FWR0025999(1).jpg


FWR0026010(1).jpg


FWR0026020(1).jpg


FWR0026016(1).jpg








nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

メッセージを送る