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ビッグ・アイランド(ハワイ島) 2009 ~(1)コナからヒロへ [ハワイ紀行/オーストラリア紀行]

さて、ホノルルに二泊したあと、独り身の私は、さっさとオメデたいオアフ島を後にし、ハワイ島(ビッグ・アイランド)へ飛んだ。ここでのんびりする計画なのだ。

しかし、私の心にはある不安があった。・・・・実は私、ハワイにやってくる直前に、中国でカード類をすべて紛失してしまったのだ。クレジットカードやキャッシュカードはおろか、免許証もである。
免許証もクレジットカードもない、ということは、レンタカーを借りることができないということである。公共バス網が整備されているオアフ島ならともかく、ここビッグ・アイランド(ハワイ島)では自動車が必需品というのが常識である。しかるに私は目下、ハワイで自動車に乗ることができない。
こうなった私は、ハワイ旅行のキャンセルも検討しなければいけない状況に追い込まれたわけだが、余りに惜しい。
・・・・いろいろ調べたところ、ハワイ島にも一応、バスがあるという情報を入手した。ただ日本人観光客にはその存在は殆ど知られていない上、実際に本数や路線も限られているらしく、非常に断片的な情報しかない。だが、あきらめてしまうよりマシである。なんとかやってやれないことはないだろう。

ということで、クルマなしにビッグ・アイランドを一人旅である。

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Kona Airport


コナの空港は、いままで見たいかなる空港とも異なっていた。大がかりなターミナルビルはなく、いくつものコテージ風の屋根付きの小さな建物が並んでいるだけ。いずれの建物も屋根だけの、吹きっさらしの構造。待合所だけでなく、メインターミナルも基本的におなじ構造ときている。あまり雨が降らないため、これでよいのだろう。建物自体はそう古くないところを見ると、観光を意識して、わざとこのように地域性を表現したのだともとれる。それにしても大胆だが、こういう発想は歓迎すべきだと思う。

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さて、免許はないが、とにもかくにも、移動しなければならない。 今日の宿は、空港から南へ35キロほど離れたところにある日系人経営の「マナゴ・ホテル」。ホノルルで調べておいたところでは、コナ空港のあるハワイ島西岸を縦断するバスがあり、それに乗ればマナゴホテルの近くまで行けるようであったが、一日に一本、しかも夕方に走るだけらしい。その情報も、どこまで正しいものやらよくわからないので、しかるべき誰かに尋ねる必要がある。

降機客たちがレンタカー屋のカウンターに群がるのをしり目に、閑散とした観光案内所に向かう。そこには、見るからに日系の「オオタ」というジイさんがひとり、目をぱちくりさせながら座っていた。日本語が話せます、と胸のワッペンに大書きしてあるところがかわいい。いったい、バスはあるのか? おっかなびっくり英語でバスの時間を聞いたところ、「バスね、夕方の4時15分ね」と、どこか変な日本語で答えてくれた。

やはり夕方か。・・・・今は朝の10時。この南国の太陽がじりじりと照りつける何もない空港で、大荷物を抱えてた夕方までただ待っているのも時間の無駄である。タクシーだといくらかとジイさんに尋ねてみると、よく知らないが70ドルくらいではないかという。
こちらが思案している間に、正確な料金を尋ねるべくタクシー会社に電話してくれたオオタじいさん。だが、彼の英語は、外来の私がびっくりするくらいにベタベタな「日本語英語」であった。

 「ワン、マン、ウォン、トゥ、ゴゥ、トゥ、マナゴ、ホテル。イエス、マナゴ、ユーノウ、ジャパニーズマネジメント。オーケー?」・・・・ジャパニーズマネジメント、とは日本人経営の意味だろうか、それにしてもこんな英語で相手が理解できるのか、心配になって聞き耳をたてていると、やはりどうも話がかみあってない様子。挙句の果てに、オオタじいさんは受話器を置いてニッコリ笑い、「あのね、タクシー会社、今忙しいって!」

私はこの人が好きだ。・・・そう叫びんでもいいくらい好きだが、残念なことに、頼りになりそうもない。私は案内所をあとにし、重い荷物をひきずって道路まで出てみることにした。降機客を狙ったタクシーが数台うろうろしていた。バスを待つかでまだ迷っていた私だったが、一台ためしに止めてみると、また驚いたことに、運転手は日本人だった。

ミスター・タキザワは、ハワイ生まれのいわゆる日系人ではなく、生まれも育ちも東京だという。アメリカ本土で長年貿易事業の経営をし、リタイヤして日本に帰国する際に偶然立ち寄ったハワイで、また居ついてしまうことになったのだという。数年間は高級ホテルに勤めたが、やはり自分の腕で勝負をする仕事のほうがいいと、ハワイ島で個人でタクシー運転手として登録して15年とのこと。
 マナゴホテルまではものの30分くらいの道中だったが、滝澤さんは、これまでの職業経験について、国際的な視点からいろいろと興味深いお話を聞かせてくれた。私の事業の内容についても、「あなた、その仕事はこれから必ず成長するよ」と、力強く言ってくれる。「中国人だっていうと、馬鹿にする日本人がいるけど、日本よりずっと前から、中国人はベッドと椅子の生活を取り入れたんだからね。お互いに認め合って、知恵を持ち寄るところから始めないといけないと思うな。タタミの生活にもいいところはあるよ、でも日本人は、まだまだ井の中の蛙だね。」と、滝澤さんは静かにいった。


マナゴホテル

マナゴ・ホテルは、その名のとおり日本人移民のキンゴ・マナコ(のちマナゴと改名)氏が1917年に始めた、歴史あるホテル。驚いたことに内装全体が、日本の、古きよき昭和時代の駅前旅館ふう、いや、もっと古い、純然たる日本の大正モダニズムふうの趣。宿泊の手続きも、「宿帳」へ記入する方式で、ホテルというより、小さな「旅籠」とでもいうべき雰囲気を今に至るまで残している。たった一部屋だが「タタミ」と「フトン」の和室が存在し、「ジャパニーズ・ルーム」として欧米人に人気という。宿泊フロアに上がると、古いながらも塵ひとつなく清潔で、あらゆる部分が磨き上げられているところなど、なにやら日本人として少し誇らしい気がしてくる。

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Manago Hotel, Captain Cook


ホテルを出て周辺を歩いてみると、そこは一軒のピザ屋とポテトチップ工房があるきりの静かな集落。国道を通過していく自動車はあるものの、人っ子ひとり歩いておらず、マナゴ氏がどうして当時ここで旅籠を営もうと思ったのか不思議に思えてくる。おりしも雨が降り出したのと、ちょうどお昼に近づいていたので、ホテルの1階の奥にある食堂へと向かうことにした。

おどろいたことに、食堂は満席だった。ホテルの宿泊客ではない。この食堂目当てに周辺の住民が集まってきているのだ。いったいこの小さな集落のどこにこれだけの人がいたのか。あるいは近隣の集落からも自動車を飛ばして多くのお客がやってくるのかもしれない。しかも、人種は雑多で、ひと目でニッポンのおばあちゃんだとわかるひともいれば、白人もいる。ハワイアンとおぼしき子沢山の家族も数グループいて、みんなこの社員食堂のようなひとつ屋根の下で、同じように茶碗でコメのメシをかっ喰らっている。

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そう、コメのメシである。この食堂はジャパニーズレストラン。ハンバーグ定食やポークチョップ定食など、日本の洋風の定食屋によくあるメニューが並び、嬉しくなる。ただ、面白いのはライスがボウルに山盛りとなってドンッとテーブルに置かれること。それを各自が自分の茶碗に、好きなだけしゃもじでよそうのだ。ナイフ、フォークも用意されているが、白人やハワイアンも、それらに見向きもせず、箸を使って黙々と食事している。
ありがたかったのは、お冷や。お冷やなぞ日本では当たり前だが、海外ではそうはいかない。ハワイでも、食事にはいつもコーラなどを別に頼まなければいけない。しかしこの食堂では、わざわざ頼まなくても、日本風にグラスになみなみと水を注いでくれる。ハワイに来てニッポンLOVE!というのもなんだが、一杯のお冷やがこんなにも有り難く感じられることだってあるのだ。

 ・・・食堂の広い天井には、日本の銭湯でよく見かけるような、大きなプロペラのようなファンがついていた。茶碗をガチャガチャいわせる音が、あちこちのテーブルから聞こえてくる。そのさんざめきを、ゆっくりゆっくり念入りにかきまぜるように、ファンはただ静かに回っていた。

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Manago Hotel Restaurant, Captain Cook



食事のあと、午後、コナ・コーストは雨だった。霧のシャワーを思わせる暖かい雨が、音もなくあたりを潤していった。部屋に戻ると、窓からは海が見えた。空は雲で覆われていたが、それでもコナの海は明るい青をして、私の心を躍らせた。雲と水平線が接するその境目に目を凝らすと、雲のねずみ色はかすかにゆらめいて、虹色に光って見えた。私は、夕闇がせまる頃まで、その部屋で眠った。

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Captain Cook


目を覚ますと、夕方を過ぎていた。私はまた階下のレストランへ行き、コメの夕食をとった。夜もこのレストランは盛況である。なんだかほっとする。フロントではロマンスグレーのおじさんが事務作業をしていた。後ろを向いているのをいいことに、いろいろとフロント内部を観察する。日本人形や宮島の写真が飾られたこのホテルは、英語のカレンダーさえなければ日本の地方都市によくあるビジネスホテルにそっくりだ。

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夜の8時を過ぎ、食堂の最後の客が帰ってしまった後、マナゴ・ホテルは本格的な静寂に包まれる。ホテルの玄関は閉まり、国道を走る車もほとんどなくなって、猫の影さえないというのに、ホテルのラウンジに設置されている旧式テレビの音声だけが、外に漏れ聞こえてくる。

このラウンジは、ホテルのホールとは別室として作られており、夜も周辺住民が自由に出入りできるように開放されている。ラウンジといっても、部屋の正面にテレビが置かれ、それに向かって数台の椅子が置かれているという、まるでひと昔もふた昔も前の、村の集会場のようなところだ。いい歳をしたおじさんたちが三人、椅子を占拠して、夜が更けるまで、TV映画に見入っていた。ここは、単に宿泊施設というにとどまらない、周辺住民にとってなくてはならない存在なのだと思った。

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私は部屋に戻ることにした。宿泊客は少なく、私が廊下を歩くミシミシいう音だけが、館内にこだました。途中、ひとつだけ光が漏れている部屋があった。わずかにドアが開いていた。インド系と思しき中年男性が、古びた机にかぶりついてせっせと書類を作成しているのが見えた。

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Manago Hotel, Captain Cook



へレオン・バス

ビッグ・アイランドにも公共バスがあることはほとんど知られていない。その名をHELE-ON BUSという。そのサービスは、オアフ島のバスと比べるべくもないのだが、ヒロを中心にいちおう島の外周部のほぼ全域をカバーしている。ただし、本数が極端に少ない。ワイメア~ホノカア~ハマクア・コースト~ヒロ、そしてヒロ~ボルケーノという東海岸沿いの路線は一日数本あるものの、コナ地区の西海岸は一日一本のお粗末さ。その代わりと言ってはなんだが、全線にわたって料金は無料(!)である。そのほか、ヒロ市内を循環する系統が1時間おきに走っている。

さて、コナからヒロへのヘレオン・バスは毎日一本。マナゴホテルの数キロ南にあるらしいフジハラ・ストアというところが出発点で、マナゴホテルのすぐ前を早朝の6時に通ることになっている。ホテルのすぐ前が、バス停なのだ。
バスは定刻ぴったりにやってきた。観光バスのような大型バスで、一番前から乗り降りする。運転手は女性で、「肝っ玉母さん」を絵に描いたような大柄な体躯の持ち主。「ハロウ」と彼女の甲高い声に迎えられ、乗り込むと、驚くことにまだ夜明けだというのにかなりの人数が乗っていて、席も4割がた埋まっていた。

バスは、時々、地元のおばさんや子供たちを拾いながら、コナ・コーストの高台にある国道11号を、ぐいぐいと北上していく。カイナリウのアロハシアター前や「てしま」レストランを過ぎて、カハルウまで来たところで、バスは大きく向きを変え、ケアウホウの海岸にあるリゾートエリアに降りていった。このリゾートエリアで、結構人が降りた。どうやら、この早朝のバスで、このリゾート地に通勤している人がかなりいるらしい。
バスのほうは、それからは海外のアリイ・ドライブ沿いにゆっくりと北上していった。朝のアリイ・ドライブは本当に気持ちがいい。しばらくは大規模なリゾート施設もなく、自然なままの海岸線を生かした緑豊かな別荘街を抜けて走っていく。どの家も手入れが行き届き、朝から犬の散歩とか、ジョギングしている人たちも多い。次回はこのあたりもゆっくりと撮り歩いてみたいと思わせるルートであった。

6時50分ごろ、カイルア・コナの町を過ぎると、いよいよバスはエンジンをうならせて190号線に入り、溶岩流の広がる荒涼とした大地の中、ワイメア目指してひたすら高度を稼いでいった。
カウボーイの町、ワイメアには、8時に着いた。ここで休憩だという。運転手は「8時15分に出発するので、それまでに戻って来るように。」と乗客に告げた。「それとも、ヒロまで歩くか、ね。」と付け加えたので、乗客から笑いが漏れた。ヒロまではまだまだ遠い。

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Waimea


このワイメアは、広大な牧場が広がるカウボーイの町として知られたところだが、時間が早いのと、また天気がいまひとつなこともあって、あまりそういう雰囲気は感じられず残念だった。乗客は半強制的にバスを降ろされ、肌寒い山の冷気に縮み上がりながら、駐車場のカフェの入り口になすすべなくかたまっていた。こんな小さな島なのに、少し移動するだけでここまで気候が違うことに、率直に驚きを感じる。誰かが、「ヒロまで歩くか、ね」と、運転手の口真似をし、また笑いが漏れた。

このあとバスはハワイ島東側に下りてゆき、8時45分頃ホノカアに寄った。朝日を浴びながらハマクア・コースト沿いを快調に走り、ところどころ地元の乗車客を拾いながら、ヒロには9時45分に着いた。バスは、いつしか通路にまで立ち客がひしめく満員の状態になっていた。


続きはこちら
ビッグ・アイランド(ハワイ島) 2009 ~(2)ヒロ
 → http://club-carousel.blog.so-net.ne.jp/2013-05-18


撮影 2009年7月
本文 2009年7月(2013年5月補訂)



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